英雄を造り出す時代環境と、
時代を動かそうとする英雄の覇気と、
その二つの車輪の歯車が噛み合った時に、
歴史は弾みをつけて大きく動き出す。



安能 務 著 「三国演義 第一巻 」222p  講談社 


 群雄の割拠により、時代が大きく変わろうとしている中国の後漢末期、すなわち三国鼎立時代の胎動期を物語るくだりで、このフレーズが出てきます。

 歴史の大きな転換点を省みる時に、多くの歴史家たちは、「あの時、彼がこうしていなかったら(こうしていたら)、後の歴史は大きく変わったであろう」と評することがあります。

 たとえば、「あの時、坂本竜馬が暗殺されていなかったら・・・」。あるいは「あの関が原の合戦の時、小早川の軍勢が家康につかなかったら・・・」などなど。

 しかし、歴史の転換点というものは、一個人の力量や能力でどうこうなるというものではないような気もします。やはり、背景としての時代環境や、その他の様々な要因ががっちりと融合した時に、ビッグバンがやってくる、というような具合にです。

 そこで、現代という時代は、どうなんだろうかと考えてみます。

 マイクロソフト社のビル・ゲイツ氏や、ソフトバンクの孫正義氏などの英雄が、ITの進展という時代環境から生み出されました。おそらく彼らは英雄に違いないだろうし、その背景となっているITの進展も大きな時代のうねりであると判断してよいのでしょう。
 しかし、現代の英雄たるビル・ゲイツ氏や孫正義氏は、時代を変える覇気をもっているのでしょうか。いやいや、彼らはビジネスマンだから、時代を変えるなどという気概はあるまい、という評価や、現代という時代は政治以上にビジネスが時代そのものを変える力をもっている、という評価もあるでしょう。

 ただ、少なくとも彼らがビジネスのあり様、経済のあり様を変革したのは事実だと思います。でも、やはり時代の英雄と呼ぶには、少々小粒なのかなあ。

 

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