自分で自分のこと、
「頭イイ」と思っている奴よりは、マシじゃん。


うちの長男 


 ある日の朝、わが家の長男(当時、小学校2年生)とちょっとした言い争いになった。何が原因で、どんなことを言い争ったのかは覚えていない。覚えていないのだから、たいしたことではないはずだ。父親としては、ちょっと “お小言” を言いたかったのだと思う。
 ちょっとカッとして、
「まったく、お前はバカだなあ!」
 とても教育的とはいえない感情的な発言。すかさず長男、
「どうせ、僕はバカだもん。」

  この言葉で、さらに頭に血がのぼった。私は昔から「アキラメ」というヤツが大きらい。一度、やれるとふんではじめた以上は、中身の良し悪しはどうあれ、何らかの結果 を出さないと気が済まない。結果らしい結果が出なくても、結果を出すために頑張った、という事実だけでも出さないといやなのだ。深く考えることもなく、「どうせできないじゃん」「それって無理じゃん」というのが耐えられない。だから、長男の発言が許せなかった。

「自分で自分のことをバカだなんていう奴はろくなもんじゃないぞ!」
 一段と声を荒らげてしまった。そして、続く長男の発言が、この金言だった。

「どうせ僕はろくなもんじゃないかもしれないけど、自分で自分のこと「頭イイ」と思っている奴よりは、マシじゃん。」

 一瞬、唖然。次の瞬間、大笑いしてしまった。一本とられた。いやあ、参りました。
 自信を持つことと、過信することは当然別物だ。「どうせ僕はバカだ」といって、何事かをあきらめるのはやっぱり良くないと思う。同時に、自分で自分の能力を過信しているというのも、確かに自己の成長を妨げる要因になってしまう危険はある。
 では、どっちがマシなのか。人によって意見は異なるだろう。いや、どっちがマシか、などと考えること自体、無意味かもしれない。
 ただ、私自身の信条はともかくとして、“自分で自分を「頭イイ」と思っている”ようなヤツは、やっぱり、傍で見ていて不愉快かもしれない。
 当時、若干8歳ほどのわが家の長男が、どこで何を見て、あるいは体験して、どんなことを感じているのかわからない。きっと8歳なりにさまざまな人々とのかかわりの中から、自分なりの価値観を少しずつ培っていることだけは確かだと思う。
 イジメ・自殺・凶悪犯罪・引篭もり。17歳も14歳も、そして8歳の子供も、何かのきっかけで、何かの価値観を培い、その価値観に則って行動しているのだろう(価値観、というとちょっと違うかもしれないが)。
 この時の、この言葉を聞いて、(こいつは大丈夫かもしれない。)と思ってしまったのは、やはり「親バカ」なのだろうか。

 

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